花の82年組とパクリ論争

大人のJ-POPとは、TSUTAYAにおける「フォーク・ニューミュージック、歌謡曲、懐かしのアイドル」に分類されるカテゴリーをまとめた、山哲流のジャンル。
音楽がすべてだった世代の大人へ送る。

山哲
ハードロックからAKBまで幅広く好み、業界31年のTSUTAYA音楽バイヤー。

アメリカ進出の失敗で人気が急降下したピンクレディーが解散を発表した1980年、今までの老若男女向けスターから偶像(アイドル)として同世代に髪型まで模倣させる2人のカリスマがデビュー。

そう、松田聖子と田原俊彦の出現は第2期アイドルブームの幕開けとしてJ-POPの歴史が動いた瞬間でした。
2人の活躍を受け、大手事務所達は次々にアイドルをデビューさせます。「スタ誕!」出身の中森明菜と小泉今日子を筆頭に、松本伊代、堀ちえみ、早見優、石川秀美、シブがき隊…燦然と輝く82年(期)デビュー組を称賛して人はこう呼びました「花の82年組」と。

それはJーPOPという観点からもターニングポイントで、いわゆる「楽曲」の変革。当時の「歌謡曲」は、職業作家への依頼が通例でしたが、シーンがニューミュージックやロックに移行するにあたり、そういったアーティストに楽曲依頼するケースが増えていきます。松田聖子が財津和夫やユーミンの楽曲を歌い始め、MTV開局による洋楽の影響で編曲(アレンジ)面での大きな変化があったまさにそんな時代。

作家達は洋楽を「確信犯的」に流用します。ぶっちゃけパクリです。特にこの「花の82年組」達の楽曲は当時からパクリ論争されました。

代表例だと松本伊代の「抱きしめたい」はカーリー・サイモンの「Why」とイントロアレンジを完コピ、シブがき隊の「ZOKKON命(LOVE)」とナイトレンジャーの「Don’t Tell You Love Me」のイントロが同じ、中森明菜の「サザンウィンド」の間奏が、イエスのロンリーハートのイントロに、石川秀美の「もっと接近しましょ」はシーラEの「Glamorous Life」にアレンジとメロディが激似。

「ミステリーウーマン」はBon Joviの「Runaway」と…まあ、こういった事は以前からのお約束だし、とやかく言うつもりはないのですが、シーンの中心にいた「花の82年組」楽曲においてこれを露骨にやってしまう影響度は計り知れず、当時青春を謳歌した世代には衝撃的でした。
(是非ネットでチェックを)

歌手は与えられた楽曲を歌うだけなので、悪いのは大人。

元ネタが有名なだけに本人達も認知していたはずだが、どんな気持ちだったのか、何て考えながら今、大人になった我々がノスタルジックに聴き直し、当時を懐かしむのも「大人のJーPOP」の楽しみ方。

シーラEはプリンスで来日の際「もっと接近しましょ」を聴いて、自分の曲を日本人がカバーしてくれてると感激したというエピソードがあるそうだが(苦笑)、オマージュでスルーされず訴訟になるケースもたまにあって、例えばあの八神純子の大ヒット曲「パープルタウン」はメロディーとアレンジが明らかにパクリで訴訟され慌てて原曲(レイ・ケネディの『You Oughta Know By Now』)タイトルとクレジットを入れることで決着。

つまり盗作を認めたのである。

十代の頃から曲作りの天才で数々の入賞歴を持ち、デビュー後もヒット曲を連発していた八神純子が80年に約二ヶ月のLAホームステイ帰国後の発売だったこの曲は、間違いなくそこで体験した天才D・フォスター(原曲のアレンジャー)に感化されたことは間違いない。

先日、「パープルタウン」の生歌唱を聴く機会があり、そのパワフルなボーカルの健在に、当時の「パクリ」ブームを思い出したのですが、アンテナを窓際に調整し、ポーズボタンを屈指してFMエアチェックで編集したカセットテープをFM誌の切り抜きインデックスで作成し宝物にしていた、音楽が全てだった世代に言いたい。

もう一度あの頃の音楽を聴こう!「大人のJーPOP」万歳!と。

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2015.12 執筆